高等専門学校や大学を卒業して就職してそれぞれの人生を描いていた若者が徴兵されて満州に派遣されてきた。
ここが会社でいえば新人教育、社会人教育の場であり、軍隊でのすべてのことを学んだ場所であろう。徴兵猶予になっていた学生は卒業するとすぐ徴兵された。
集合教育を受けている写真があるがまだみんな学生のような顔をしている。今でいえば大学4年生から修士課程(マスター)ぐらいの年齢であろう。
この予備士官学校で知識だけでなくその知識を使って完全武装で夜間行軍するのに耐える体力も付けていた。
小さな各グループに分かれてあるテーマについて議論、検討して解決策を出すような小グループ活動もやっていたようである。
また、座学や軍事訓練だけでなく、銃剣道、剣道、馬術などを楽しそうにやっている写真も残っている。戦争中とはいえ部活のノリのようであった。
そして、なんといっても一番楽しいことはやはり食事(飯)であろう。
「同じ釜の飯を食う」
軍隊とは、武器を持っている、団体生活、階級があるの3条件をすべて満たす必要がある。武器だけ持っていても軍隊ではない。もちろん武器は大切だが、起居を共にする団体生活で同じ釜の飯を食うことが大切だろう。これが親しみと団結力が増してくる。しかし階級がないと同好会の合宿になってしまう。
日本軍も米英軍も、どの国の軍隊も「誰のために戦うのか」という問いに対する答えは同じであるらしい。
「誰のために戦うのか」に対する公的回答には祖国のため、家族のため、天皇陛下のため、女王陛下のため、大統領のためともっともらしい答えがたくさんある。
真の答えは「仲間(バディ)のため」であるそうだ。
バディ(buddy): 男性同士の友人・仲間・相棒
攻撃するとき後方部隊が援護射撃をしなかったら先に行く部隊はやってられないし、だれも加わらないだろう。死者・負傷者が増えて仲間が減り結局自分もやられる。危険だからと各人が責任放棄すると損害が増える。
退却するときもだれかが「しんがり」となり、最後尾で追っ手と戦いながら本隊を逃がす役目をやらないといけない。全員が一目散に逃げると全滅してしまう。これは戦国時代からやられている退却の基本であろう。
また、本隊が進むときに斥候となる優秀な兵士が必要となる。この任務も非常に危険であるが本隊が安全に目的を達することができるかこれによって決まる。
斥候:敵状などを偵察する少数の兵士
父たちを一から鍛えて一人前の将校にしてくれた人間的にも尊敬していた教官はこの斥候中に戦死した。父たち同期の追悼文集に驚きと悲しみ、そして感謝の気持ちを記載していた。追悼文集についてはまたの機会に紹介したい。
本書ヲ謹ミテ吾等ノ教官 故土屋大尉殿ノ霊前ニ捧ゲ冥福ヲ祈リ奉ル
判明セル当時ノ状況以下ノ如シ
「昭和18年5月12日、折柄ノ猛雨ヲ侵シXXX南方地区ノ地形偵察中遂ニ不帰ノ客トナラル」
教え子たちは戦争の現実と「仲間のために戦うこと」を知らされたのであろう。
われわれの時代や今の時代の日本は平和でありうれしいことだが「治安の夢」にふけらないことも大切で戦争にならないような備え、対策も必要であろう。
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